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楊植麟(Yang Zhilin)は、AIアシスタント「Kimi」や大規模言語モデル「Kimi K2」を開発する中国のAI企業、月之暗面(Moonshot AI)の創業者兼CEOだ。張小珺(Zhang Xiaojun)は、中国のテクノロジー業界を取材する経済ジャーナリストで、起業家らにインタビューする番組「张小珺商业访谈录」のホストを務めている。
2025年8月27日に公開された二人の対談1では、モデル会社とAgentを作る会社の長期的な境界について、次の問答がある。
张小珺:现在,我们来讨论一些现实问题。
基座模型公司和做Agent产品的应用公司,长期看边界在哪?
杨植麟:我没有明确答案。只能说今天,“一方产品”有个好处,可以垂直整合,把模型放在里面训练,模型和工具融为一体,不是分开做再逆向工程。
(訳)張小珺:では、現実的な問題について話しましょう。
基盤モデル会社と、Agentプロダクトを作るアプリケーション会社の境界は、長期的にはどこにあるのでしょうか?
楊植麟:明確な答えはありません。ただ、現時点で言えるのは、「ファーストパーティのプロダクト」には利点があるということです。垂直統合し、その中でモデルを訓練して、モデルとツールを一体化できます。別々に作ってからリバースエンジニアリングするのではありません。
ここでいう「ファーストパーティのプロダクト」は、モデル会社が自ら開発するプロダクトを指す。
モデルとツールを別々に作ってから組み合わせるのではなく、プロダクトの中でモデルを訓練し、両者を一体として作れることに利点がある、という話だ。一方で、専門分野の知識が必要なツールや、自社プロダクトでは対応しきれない評価の領域には、Agentを作るアプリケーション会社の機会もあると述べている。
この対談で楊植麟は、モデル企業がプロダクトを作る動きと、プロダクト企業がモデル開発能力を持つ必要性の両方に言及している。第2節では、モデル企業の動きをこう説明している2。
还有一个很有意思的趋势是,现在有更多模型公司去做“一方的Agent产品”。
(訳)もう一つ興味深い傾向は、自社のAgentプロダクトを作るモデル会社が増えていることです。
第11節では、ClaudeとCursorの関係に触れ、Cursorについて次のように述べている1。
Cursor也可能需要动态调整产品策略。它可能需要一方面具备一定的模型能力,因为技术曲线还很陡峭;另一方面,它能不能有一些别人做不到的工具或环境?
(訳)Cursorも、状況に応じてプロダクト戦略を調整する必要があるかもしれません。一方では、技術の進歩がまだ急速なので、一定のモデル開発能力を備える必要があるかもしれない。もう一方では、他社には実現できないツールや環境を持てるか、ということです。
この対談は2025年7月末に行われた。その時点でCursorは、コード補完の「Cursor Tab」3や、編集内容をファイルに反映する機能4に、自社で訓練したモデルをすでに使っていた。同年10月29日には、同社が初のコーディングモデルと呼ぶ「Composer」を公開している5。
プロダクトに合わせてモデルを訓練する取り組みは、Cursorにも見られる。AIコードエディタを開発する同社の「Composer 2」は、Moonshot AIのオープンウェイトモデル「Kimi K2.5」をベースにしている。2026年3月27日公開の技術解説によると、コードを重視したデータで継続事前学習を行い、その後に大規模な強化学習を施している6。前段で登場したMoonshot AIのモデルを、プロダクトを作るCursorが自らの用途に合わせて追加学習している、という関係だ。
その強化学習では、実際のCursorと同じツールやAgentの実行環境を使い、開発者が依頼するようなタスクを解かせている。評価にも、社内のエンジニアによる実際のコーディングセッションから作った「CursorBench」を使う6。プロダクトを作る中で蓄積したツール、実行環境、評価の知見が、モデルを自社の利用環境に適応させる土台になっているわけだ。
楊植麟の話とCursorの事例に共通するのは、プロダクトで使うツールや実行環境を、モデルの訓練と一緒に考えている点だ。Cursorは既存の基盤モデルへの追加学習を通じて、自社のプロダクトに必要な能力を作り込んでいる。
MetaのパーソナルAIエージェント「Muse」の開発では、プロダクトに必要な能力を評価項目に落とし込み、モデルを改善する過程が具体的に語られている。語っているのは、Scale AIの創業者で、Meta Superintelligence Labs(MSL)の立ち上げに携わったアレクサンダー・ワン(Alexandr Wang)だ。
対談によると、Museのプロトタイプが作られたきっかけの一つは、年初に盛り上がっていたパーソナルエージェント「OpenClaw」だった。ワンと一緒に働くナット・フリードマン(Nat Friedman)は、MSLで最初にOpenClawを試した一人で、ワンはその体験をこう紹介している。
He had an experience I would I would describe as somewhere between terrifying and euphoric. ... he told his open claw that he wanted to drink more water and then, you know, his openclaw would like watch him in security footage to make sure that he was drinking water and tell him good job and he had like many many crazy stories like this and it also makes you realize like, oh, there's something quite quite magical about what's happening here.
(訳)彼の体験は、恐怖と陶酔の中間とでも言うべきものでした。……水をもっと飲みたいとOpenClawに伝えると、OpenClawが防犯カメラの映像で彼がちゃんと水を飲んでいるかを見守り、「よくできました」と声をかけてくれるようになったそうです。彼にはこういうとんでもない話がたくさんあって、ここでは何かとても魔法のようなことが起きているんだと気づかされました。
該当箇所(1:59〜2:36)
ただ、ワンによると、OpenClawの盛り上がりは長続きしなかった。
obviously the openclaw phenomena it peaked and then disappeared. ... I think a lot of people kind of had this experience which was it was just like you'd have these magic moments but for the most part didn't like work that well and there were all these problems and then you know it just kind of like died down and so ... a lot of the focus of the product was just like how do you make this into an actual reliable consumer experience that you feel comfortable putting in front of over time billions of people and you can feel confident that like most of those people have an amazing experience.
(訳)OpenClawという現象は、ピークを迎えたあと消えていきました。……多くの人が、魔法のような瞬間はあるけれど、たいていはあまりうまく動かず、問題もたくさんある、という体験をしたのだと思います。それで熱が冷めていった。だから……プロダクトの重点の多くは、これをどうすれば本当に信頼できる消費者体験にできるか、という点にありました。いずれ何十億もの人の前に安心して出せて、その大半が素晴らしい体験をすると確信できるものです。
該当箇所(7:42〜8:19)
聞き手が、なぜMetaにはそれができてOpenClawの開発者にはできなかったのかと尋ねると、ワンはOpenClawを作ったピーター・スタインバーガー(Peter Steinberger)たちへの敬意を示したうえで、こう答えている。
And I think maybe the unglamorous part of what made made Muse so magical was just really grinding out and sanding out all of the details to make the combined model plus product experience really amazing and we did many many iterations on the model itself.
(訳)Museをあれほど魔法のようなものにした地味な部分は、モデルとプロダクトを合わせた体験を本当に素晴らしいものにするために、細部をひたすら磨き込んだことだと思います。モデルそのものにも、何度も改善を重ねました。
該当箇所(8:38〜9:00)
その磨き込みの進め方として語られているのが、スプレッドシートだ。ワンによると、理想のパーソナルエージェントに必要な振る舞いや能力を、100項目以上のスプレッドシートに整理したという。その後の取り組みについて、こう説明している。
And then over time we built evals for all of those. We figured out how to train the model to be really really good at every single one of those things. And we have these reviews where we like look at that spreadsheet and we figure out the things that we're bad at and make sure that we're improving on them. Like we did this like very meticulous process to slowly just keep improving and sanding out all the edges of the model so that it could power the product.
(訳)そして、それらすべてについて評価を作っていきました。一つひとつの項目でモデルが非常に優れた能力を発揮するよう、訓練方法を考えました。レビューではスプレッドシートを見ながら、苦手なところを確認し、確実に改善していきます。そうした緻密な工程を通じて、プロダクトを支えられるように、モデルを少しずつ改善し、粗を取り除いていきました。
該当箇所(13:31〜13:54)
この評価は、公開の判断にも使われている。各項目に公開を妨げる水準と合格水準を設け、80項目が合格でも20項目が不合格なら不十分と判断していた。全項目を満たすモデルができたことに加え、実際に使ったときの改善も確かめている。
該当箇所(21:51〜22:38)
ここでは、作りたいプロダクトの体験が、モデルに求める能力を決めている。その能力を評価できる形にし、訓練と検証を繰り返すところまでが、プロダクト開発に含まれている。
ここで見てきたのは、プロダクトに必要な能力を、モデルの訓練まで踏み込んで作り込む取り組みだ。Cursorでは製品と同じツール・実行環境での強化学習、Museでは必要な振る舞いを列挙した評価と訓練の反復という形で、そのつながりが説明されている。
楊植麟は対談の第8節で、この作り方をこう説明している7。
你做一个Agent产品,需要把模型跟工具和Context结合起来。但你会发现,训练模型的时候,基本得把这一整套系统搭好,才能训练这个模型。
模型训练完成,产品也基本完成了。在这个基础上做一些交互上的改进当然有价值,但那是锦上添花的一步。
你的模型性能在训练中已经打磨好,跟工具和环境有非常好的适配——也就是,产品是在训练过程中完成的。
(訳)Agentプロダクトを作るには、モデルとツール、Contextを組み合わせる必要があります。ただ、モデルを訓練するときには、基本的にこの一式のシステムを組み上げておかないと、モデルを訓練できないことがわかります。
モデルの訓練が終われば、プロダクトもほぼ完成しています。その上でインタラクションを改善することにはもちろん価値がありますが、それは花を添える一歩です。
モデルの性能は訓練の中ですでに磨かれ、ツールや環境ともよく適合している。つまり、プロダクトは訓練の過程で完成するのです。
訓練の前に、ツールやContextを含むシステムを組んでおく必要がある。Cursorが製品と同じツールと実行環境で強化学習しているのは、この説明に重なる。
基盤モデルの上に足場やツールを用意してプロダクトを作るやり方については、第2節でこう述べている2。
它本质做的是逆向工程这个模型的训练过程。……你通过逆向,更接近拟合它的分布——到底用什么工具效果会好?到底用什么样的System Prompt(系统提示)效果会好?到底用什么样的Context Engineering(上下文工程)效果会好?这是一个逆向的过程。
(訳)それは本質的に、モデルの訓練過程をリバースエンジニアリングしているのです。……逆算によって、モデルが訓練された分布に近づけていく。どんなツールなら効果が出るのか、どんなSystem Promptなら効果が出るのか、どんなContext Engineeringなら効果が出るのか。これは逆算の過程です。
APIでLLMアプリを作るとき、自分たちがしているのはまさにこれだと思う。どんなツールの渡し方なら動くのか、どんなプロンプトなら安定するのかを、モデルの側に合わせて探っていく。モデルが更新されれば、合わせ込んだ前提も変わりうる。保守コストが割に合わないと感じるのは、この逆算をやり直し続けることになるからでもあると思う。
だからといって、誰もがモデルを訓練すればいいわけではない。Composer 2も、Kimi K2.5の公開チェックポイントに継続事前学習と強化学習を重ねたもので、ゼロから事前学習したわけではない。Cursorの技術解説も、自社で追加学習する道を選んだ理由までは書いていない。MuseはもともとモデルをつくってきたMetaの事例だ。どの用途を選び、どこまで内製できるかは、既存の製品・計算資源・利用者基盤にも左右される。
楊植麟自身も、第11節でモデルを作らない道を挙げている1。
你有可能不一定做模型,而是把工具做得非常好。
这个工具如果做得太通用,就会和“一方产品”overlap(重叠)比较大——这种情况下,垂直整合优势更大。
但如果工具是专门针对某个场景,甚至别人做不了。比如你掌握了一些线下服务入口,你的下订单或者成交的工具别人做不出来,你可能产生独特价值。
(訳)必ずしもモデルを作るのではなく、ツールを非常によく作るという道もありえます。
そのツールが汎用的すぎると、「ファーストパーティのプロダクト」と大きく重なります。その場合は垂直統合の優位が大きい。
しかし、特定の場面に特化したツールで、他社には作れないものもあります。たとえばオフラインのサービスの入り口を押さえていて、注文や成約のためのツールを他社が作れないなら、独自の価値を生み出せるかもしれません。
既存のLLMチャットアプリで十分だと感じるなら、自分のツールが汎用的で、ファーストパーティのプロダクトと重なっているのかもしれない。その場面に特化していて、汎用のチャットアプリからは届かないデータや操作を持てるかどうかは、モデルを訓練しなくても問える。
もう一つ、第9節には利用と評価の関係についての発言がある8。
你可能没办法直接使用用户反馈去训练;但有一定用户量的好处是,你知道需求分布是什么样的,知道哪些地方用户用得好或不好,可以把这些东西抽象成evaluation(评估),再去优化模型。如果模型完全没人用,你不知道该往哪个方向优化。
(訳)ユーザーのフィードバックを直接訓練に使うことはできないかもしれません。ただ、一定のユーザー数があれば、需要がどう分布しているのか、ユーザーがどこでうまく使えていて、どこでうまく使えていないのかがわかる。それを評価に抽象化して、モデルを最適化できます。モデルがまったく使われていなければ、どの方向に最適化すべきかがわかりません。
ここで楊植麟は、ユーザーのフィードバックをそのまま訓練に回すとは言っていない。使われることで、どこがうまくいっていないのかがわかり、それを評価に落とせる、という話だ。Museのスプレッドシートも、必要な振る舞いを項目にし、各項目に公開を止める水準と合格水準を置いたものだった。
Museの対談では、聞き手が、良い体験の合間に不安定な体験が何度か混じると使うのをやめてしまうのではないか、そうしたデータはあるのか、と尋ねている。ワンはこう答えている。
You can see this from like a lot of the other agent products at the start of the year like almost everyone [churned] out of those and it's because they were unreliable.
(訳)年初のほかの多くのエージェント製品を見てもわかります。ほとんどの人が使うのをやめました。信頼性が低かったからです。
自分のプロダクトに引きつけるなら、まず必要な振る舞いと失敗例を、評価できる形で持っておきたい。その評価は、利用するモデルを選ぶときにも、ツールやプロンプトを改善するときにも使える。モデルの重みを訓練するかどうかは、その先の判断になる。
タイトルの「モデルを使う側では終われない」も、そういう意味で書いた。モデルに合わせて逆算するところで止まらず、プロダクトに何ができてほしいかを自分で定義し、測れる形にしておく。そこまではAPIでモデルを使う開発者にもできるし、CursorやMuseでも、訓練したモデルの良し悪しはその評価で測られていた。使われなかったLLMアプリを振り返るなら、まずどの振る舞いが足りなかったのかを書き出すところからなんだろうなと。
張小珺「和杨植麟时隔一年的独家对话:“站在无限的开端”」第11節「边界与现实」。VergeX掲載版、Scribd掲載版(38ページ)。対談記事の初出は2025年8月27日、VergeX掲載版の日付は2025年12月30日。本文によると、対談は同年7月末に行われた。音声版(Apple Podcasts)。 ↩︎ ↩︎2 ↩︎3
張小珺「和杨植麟时隔一年的独家对话:“站在无限的开端”」第2節「它还是一个“缸中之脑”」(VergeX掲載版)。モデル会社が自社のAgentプロダクトを開発する動きについての発言。 ↩︎ ↩︎2
Cursor「A new Tab model」。2025年1月13日公開。Cursor Tabは2024年3月から、編集を予測するよう自社で訓練したモデルで動いていると説明している。 ↩︎
Cursor「Editing Files at 1000 Tokens per Second」。2024年5月14日公開。Llama 3などをもとに訓練した、編集適用(fast apply)用のモデルについて説明している。 ↩︎
Cursor「Introducing Cursor 2.0 and Composer」。2025年10月29日公開。Composerを「our first coding model」として発表している。 ↩︎
Cursor「A technical report on Composer 2」。2026年3月27日公開。Kimi K2.5をベースとする継続事前学習、強化学習、CursorBenchによる評価について説明している。 ↩︎ ↩︎2
張小珺「和杨植麟时隔一年的独家对话:“站在无限的开端”」第8節「多模态不损伤“脑子”已经很好了」(VergeX掲載版)。Agentプロダクトでは訓練の前にツールとContextを含むシステムを組む必要があり、プロダクトは訓練の過程で完成するという発言。 ↩︎
張小珺「和杨植麟时隔一年的独家对话:“站在无限的开端”」第9節「当你通过新的交互,收集的信号噪声减少」(VergeX掲載版)。利用から需要の分布や得意・不得意を知り、評価に抽象化してモデルを最適化するという発言。 ↩︎