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これは有名な話だが、Amazonには「Working Backwards」という考え方がある。完成したプロダクトのプレスリリースを最初に書き、顧客がどんな価値を受け取るのかを定義してから、必要な機能や技術へと逆算していく。
“Leaders start with the customer and work backwards.”
AIによって「作ること」のコストが急激に下がるほど、何を作れば人に届き、使い続けてもらえるのかを先に考える重要性は増す。広く使われるものを作りたいなら、実装から始めるのではなく、顧客にどう伝わり、どう使われるかから考える。個人的にはマーケティングから逆算するという理解をしている。
XやReddit、Hacker Newsに投稿するとしたら、どんな言葉で紹介し、どの場面で役立つものとして伝えるのか。そこまで具体的に想像できないまま作り始めると、完成しても届け方が見つからない。
今は、作れる人も作られるものも圧倒的に増えている。受け手も大量の新しいプロダクトを目にしており、少しでも価値が伝わりにくければ、「はいはい、またAI Slopね」と流されてしまう。
個人的にはRedditのShowcaseカテゴリは様変わりした気がしている。(コミュニティにもよるけど) 作れても、そこから知ってもらう、使ってもらう、使い続けてもらうと進むにつれて、ハードルはどんどん高くなる。(お金が絡むならなおさら)
だから、投稿文や紹介文を先に考えることは、単なるマーケティングではない。それは、このプロダクトが誰のどんな問題を解き、なぜ今ある選択肢ではなくこれを使うのかを、実装前に確かめる作業でもある。
ここまでは頭の中でできる作業の話だが、実行し続けるには圧倒的な熱量とか退路を断つことも大切だ。日本人として初めてY Combinatorに採択された福山太郎さんが、YCを徹底解説しているこちらの動画が非常に面白い。西海岸では創業者たちが身を投じてプロダクトを作っていることがわかる。 (自分は一度、Mastra開発者が参加するイベントで、福山さんがインタビュワーを務める講演を聞いたことがありました。日本語の質問を即時に理解し、必要な部分を補完・翻訳して質問し、返ってきた回答をまた日本語にして返すのがとんでもなく高速で、英語はもちろんのこと技術、プロダクトの理解含めて高度すぎて驚きました...多分過去どのイベントの同通よりクオリティがすごかったです...)
この動画でBetter Authの話も出てくる。Better AuthはTypeScript向けのOSS認証フレームワークで、売りは「認証データをサードパーティに預けず、自分のバックエンドとDBの上で持てる」こと。Auth0やFirebaseに不満(データが外部にある、カスタマイズに限界がある、スケールすると高くつく)を抱えていた開発者なら、この一行だけで価値がわかる。
そのBetter Authが、ちょうど今週(2026年7月7日)、Vercelに買収されたことが発表された。調べてみるとこれはOSS発のサクセスストーリーで、「価値が一行で伝わる」と何が起きるかの実例になっている。時系列を見ると会社より先にOSSがある。
この順番の通り、YCに入れたのは技術力を売り込んだからというより、口コミで広がった実績が先にあったからだ。価値が一行で伝わるプロダクトだったからこそ、広告なしでその実績が作れた。
もっとも、これを逆算の成功例と呼ぶのは少し違う気がする。作者のBereket Engidaはエチオピア出身の独学プログラマーで、インタビューによれば、仕事で認証の組織機能をスクラッチで実装するはめになり2週間かかった経験から作り始めたという。課題の当事者で、身体性があった。逆算するまでもなく、価値の実在を作る前から自分の身体で知っていたはずだ。裏を返せば、自分に身体性のない課題は、価値を最初に定義すること自体が難しい。冒頭の逆算は、その差を少しでも埋めるための道具なんだと思う。
ここまで書くと、先に価値を定義しきれば勝てるように聞こえる。ただ、そう単純ではないとも思っていて、僕の好きなジョブズのインタビューがある。
Appleにとって本当に痛手だったことのひとつは僕が辞めたあと、ジョン・スカリーが非常に深刻な病気にかかったことだ。そしてその病気というのは、他の人もかかっているのを見たことがある。それは考えすぎの病気だ。つまり、すごく素晴らしいアイデアさえあれば仕事の90%は終わったと思い込んでしまう病気だ。そして、もし他の人たちにそのアイデアを伝えさえすればこれが素晴らしいアイデアだ、と当然彼らが実現してくれるだろう、と考えてしまう。でも問題は、アイデアから実際の製品にするまでには、膨大な量の職人技が必要だということだ。その素晴らしいアイデアを進化させていくと、アイデアは変化し、成長していく。最初の形そのままでは決して完成しない。なぜなら、進める中で多くのことを学ぶからだ。細かい部分や微妙な点に取り組むほど、学びが増える。そして避けられない大きなトレードオフも見えてくる。自分で決断して妥協する必要があるのだ。電子にどうしてもできないことがある。プラスチックにできないこともある。ガラスにできないことも、工場にできないことも、ロボットにできないこともある。こうしたことに取り組む中で、製品をデザインするというのは、頭の中で5,000もの要素を同時に考えるようなものだ。それらの概念を整理し、組み合わせて、新しい方法で組み合わせながら、さらに改良し続ける。自分が求めるものを作り上げるために。そして毎日、新しい発見がある。それは、新しい問題であり、新しいチャンスでもある。少し違った形で組み合わせるための発見だ。そのプロセスは魔法のようなものだ。だから、私たちははじめたときには多くの素晴らしいアイデアを持っていた。でも、私がずっと感じているのは、本当に信じて取り組むチームの力だ。
引用の「アイデアは変化し、成長していく」は、自分にも身に覚えがある。解決に使う技術の名前をそのままプロダクト名にしたプロジェクトが過去にあった。課題そのものは自分が困っていたことで、身体性はあった。それでも作ってみるとその技術は解決手法として適切ではなく、結局名前ごと変わった。課題が本物でも、アプローチまで正しいとは限らない。
なので「最初に価値を定義して逆算する」は、言うは易しでもある。身体性がなければ価値の定義そのものが仮説だし、身体性があっても解き方が仮説のまま残る。価値さえ定義できれば9割終わった、と思った瞬間に引用にあるスカリーの病気にかかる。結局どちらの場合も、作る中での発見に合わせて、価値も届け方も作る工程も、ピボットしながら何度でも組み替えていくものなんだろうなと。
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